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1週間遅れのバースデイカード

 今日、娘からバースデイカードが届いた。留学先から送ってくれたのだが、さすがにのどかな南半球の国。どこかで忘れていたらしく、20日の消印で届いている。娘はその1週間前に投函したようだが。。(笑)。

 不思議なもので、離れているからカードでメッセージをもらっても恥ずかしくもならず、なんだか冷静に読めた気がする。メッセージの内容で、娘も親の知らないところで成長しているようだと感じることもできた。親元を離れて、やっと成長できたのかもしれない。昔から、可愛い子には旅をさせろというけれど、確かに、自分自身、旅をして、親から一定の時間離れている中で、親のありがたみとか、先輩の大人として親を見られるようになったのだと思う。

 今の物騒な世の中、子供を海外にやるというのは親としては心配でたまらないだろうし、いつでも目の届くところに置いておきたいと思うのかもしれないけれど、やはり、できるなら、子供とは一定の距離感があったほうがお互いに成長できるんじゃないかと思う。親の仕事は心配することと祈ることだけなのだから。

朝の鶯

 今朝は鶯のホーホケキョが大きく聞こえる。かなり近くにいるらしい。何度もホーホケキョと聞こえると、名古屋は都会だけれど、のどかだなと安堵感を感じる。他にもスズメや鳩、カラスに名前の分からぬ小鳥たちが家の周囲を賑わせてくれる。ぴよぴよ、ぴちょぴちょというその鳴き声で朝を感じ、1日の始まりだから、頑張れとも聞こえてくる。さて、今日もまた頑張って仕事しようか。 

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油断大敵

 結石のお話の続き。昨日の夕方から、幾分痛みも収まり、今朝はほとんど痛みを感じなかったので、結石は落ち着いたと思い、鎮痛剤を持たずに仕事へ。午前中の授業も快適に終わるかと思った矢先、昼前に痛みが戻る。

  痛みに耐えかねて、どうしようと思っていた矢先、大学の保健センターでロキソニンを貰えばいいじゃないかと思い浮かぶ。急ぎ、保健センターに向かい、事情を話して、ロキソニンを1錠もらい落ち着きを取り戻す。

  今日から高校生対象の講座がスタートして、なんとか終えたら、またもや痛み復活。堪えきれずに駅まで家内に迎えに来てもらう。

   ちょっとばかり痛みが引いてもこの数日はロキソニンが手放せない状態が続きそうだ。ちなみにウィキペディアでは結石の痛みは痛みの王様とある。宜なるかな。

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激痛走る

 木曜日の夕刻から腹部に激痛が走る。金曜日はなんとかごまかせたものの金曜の夜から、激痛が激しくなり、あまりの痛さに鎮痛剤を服用して、やっと寝ることができた。

 土曜日は学会があるのだが、午前中にかかりつけの医者に行き、結石との診断。そういえば、2年前の結石の痛みと同じ七転八倒の痛みだった。鎮痛剤を処方され、流れるのを待つということになったのだが、しばらくは痛みに堪えるしかないようだ。

 

それにしても、この痛さ、内臓を手でむんずと捕まれ、ぐりぐりと捻られる痛さなのです。。。(涙)

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知識のコスト

 授業が本格的に始まった。授業内で、辞書を使わせようと思い、学生に調べるように促したところ、辞書を持たない学生がいることに気づいた。事情は様々なのだろうが、そのような場合には、とりあえずはスマホを辞書がわりに使うことを許可している。ないよりはマシだからだ。

 だが、スマホでも無料の辞書サイトで語句を調べるのだが、そのようなサイトは語の使い方は掲載していない。語の意味と、例文の羅列だったりする。ある程度の語学力がある人はそれでピンとくるのだが、学習者にはハードルが高い。どのような場面でどのよな意味として用いられるかが見抜けないし、似たような語句との使い分けもわからない。だからこそ、学習用の辞書の価値がある。

 基本的に書籍化される情報は商品価値があると判断されるものであり、その情報は専門家によって精査されたものであるがゆえに信頼性も高い。そのような信頼性の高い情報を構築するには資料の収集や考察などのコストがかかる。だからこそ有料で配布されるわけだ。すなわち、信頼性の高い情報や知識こそコストがかかり、それを入手するためには我々もコストを支払わなければならない。考えてみれば、自分が苦労した情報を公開するのに、無料でどうぞというほどお人好しにはなれない。

 ところが、今のネット社会では情報は無料で入手できると思っている若者が多いように思う。全ての回答がネットにあるとさえ思う人がいるような節さえ感じる。だが、このブログでもそうだが、無料のものは個人の感情的なことや思いつきも多く、検証された事実でもないし、第三者との議論の中で生まれたものとは限らない。それをあたかも「真実」とか「事実」として受け止めてしまうのは危険なのだ。だから、昨今「情報リテラシー」なる言葉が重要視されているのだ。

 知識の価格は安くない。本の値段をみれば一目瞭然だ。若い人たちには簡単にかけられるコストではないことはわかる。だからこそ大学の図書館を有効利用してほしい。また自分の懐から出して、購入した情報はいずれは自分の糧となる。決して無駄な投資にはならない。

 知識に対して、コストを認める社会こそ、知的な財産が継承できる。そして、それこそが豊かな文化を育むと思う。

我が家にサクラ咲く

 世間では桜が満開になり、そろそろ葉桜にもなりかけようかというときに、我が家に桜が咲いた。とはいっても、我が家に桜の木はない。書斎の鉄道ジオラマに桜の木を3本つけただけのことだ(笑)。

 緑が主体のジオラマだったのだが、薄桃色の木をつけただけで華やかさが生まれ、どこか季節感が出たように思う。もっともジオラマだと1年中春の状態だから、逆に季節感はできないかもしれないが…(苦笑)。

 ジオラマの列車がぐるぐると走る。ただ、それを見る。同じ動作なんだけれど、なんだかホッとするのは、毎日が変動して、安定がないからだろうか。安定したらしたで退屈になり、ボケるのだとは思うが、だんだんと変化への対応力が鈍くなって来た。ほんのちょっとの時間、ボケッとジオラマの世界に身を浸して、時間を止めるのも悪くないなと思う。

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ウグイスの声

 きっと、ここで何度も書いているかもしれないけれど、我が家では早朝、ウグイスのホーホケキョが聞こえる。どこかの家の庭木に止まっているのだろうけれど、たまには我が家の庭木にも来てくれないだろうかと願うのだが、なかなか求めるところに来てくれないのはお金と同じか(苦笑)。

 何も考えず、ウグイスの鳴き声が聞こえると、「春なんだなぁ〜」としみじみ思う。くしゃみや鼻水が苦しい春でもあるけれど、やっぱり命の息吹を感じる春は、新鮮な気持ちになれる。今日から本学も授業開始、新しく学生生活を始めた学生たちの気持ちには張りがあるだろうけれど、この気持ちをいつまでも忘れて欲しくないなぁと思う。新鮮な気持ちの中にこそ、新鮮な知識や感情がすんなり入り込んで、人として成長できるきっかけになるんじゃないだろうか。