英語で行う英語の授業

昨日の中日新聞に英語で授業を行うべく勉強中の先生方の記事が載っていた。文科省は英語の授業は英語で行うように通達をしており、現場は混乱している。私自身25数年前にアルバイト先の専門学校から「英語で授業を行ってください」と言われて困惑したが、以来、あれこれ試行錯誤し、勉強し、必ず最低1つは英語で授業を行ってきた。ある時期には授業中は日本語を一切使わず「日本語のできない先生なんだな」と学生が思い込んでくれて(笑)、授業もその後の質疑応答も英語でやったものだ。今は英語の授業だけでなく、言語学関連の講義をすべて英語だけで行っている。

 そんな経験のある私だから、一言くらい言っても良いと思っている。「目的と段階と対象を考慮せずに、英語で英語の授業をするというのは馬鹿げている。」私自身がやってきたのは大学生以上で、しかも英語の基礎がある学生が対象だったからできたのである。学生たちの大半は英語を専門に勉強する学生だから、ついてきたのである。あるいは、シラバスを読んで自ら選択した学生たちである。彼らのモティベーションは高かった。だから授業が成立したのである。ある時期には英語を専門とする学生たちに英文をずっと英語で講義してきた。確かに彼らには効果的であった。しかし、それを中学生の必修の英語で行うことにどれほどの効果と意味があるのだろうか?むしろ英語嫌いをさらに増幅させるだけだ。

 外国語学習は母語のようにはいかない。時間も晒されるデータも桁違いだ。「子供が母語を学んだように修得しましょう」などという広告のような幻想は存在しない。音に慣れさせるという目的なら、英語だけの授業もいい。日本人でも、発音を気にせずに、発言できるんだよと鼓舞するためなら時には英語だけの授業もいいだろう。しかし、それを義務化することにどれほどの意味があるかを考えなければ逆効果だ。