80人の子ども

 ウクライナ上空で撃墜されたマレーシア航空機には80人もの子どもが乗っていたとのことで、この惨劇の悲劇をさらに悲しいものにしている。ロシア側の遺体の扱いとか、金品強奪とか、あまりにも悲しい現実がそこにはあるのだと、改めて思い知らされ、「安全」とか「日常」「平凡」のありがたさを痛感する。

 ただ、私たちはいつも新しい報道にばかり目を向けてはいないだろうか?報道はニュースを探す(あるいは作り出す)のが仕事で、次から次へとニュースが生まれ、私たちは新しいニュースを求める。それはあたかも「ニュースの消費」のようだ。そして、新しいニュースを古いニュースに上書きして、つい、数日前のニュースなどなかったかのように錯覚してしまう。

 考えてみて欲しい。イスラエルとガザの紛争を。毎日ミサイルの応酬を行い、地上戦へと発展している。犠牲となっている子どもの数は数百にも及ぶはずだ。ナイジェリアの女子中高生はまだ保護されていない。世界中で、若い命が犠牲になっている現実。

私たちが何も具体的にできなくても、「覚えておく」ことはできるはずだ。