格言

偉人やすばらしい業績を上げた人の言葉はその人の経験を伝えたもので人を感動させる。エジソンアインシュタインなどの言葉や、スティーブ・ジョブズ、あるいは山本五十六の言葉も教育の面から見るとうなずくことがある。こういった言葉は確立化して、古典になれば格言になるのだろう。

 しかし、よく考えてみると、こういう言葉は偉くない人だって、日常の中で、いろいろとつぶやいているのではないだろうか。ただ、つぶやいている人が有名でないから、評価されない。同じ内容のメッセージでも、誰がそれを発するかで評価が変わる。内容の価値を受け手が、発信者の情報によって価値付けをし、さらなら価値を上乗せするのであろう。こう考えると言語の意味というのはまことに人間関係の中でうまれ、その内容を見ているようで、人間は見ていないということもできるのである。「人は見た目が9割」という本が売れていたようだが、「メッセージは誰が言うかが9割」ということもあるのではないだろうか。

 

 さて、私も自宅の草むしりから得られた教訓をいくつか書こう。

・「蚊を恐れていては、草むしりはできない」(なにごとも勇気が必要)

・「どくだみの葉の裏に、ヤモリが隠れている」(平穏無事なように見えるもの裏にこそ、うごめくものが潜む)

・「草むしりは一本の草から」(広大でとてつもなく膨大だと思える作業も、一歩づつからしかはじめられない)

・「むしりが終わったところから、草は生える」(終わったと思っても、そこにまた新しい問題が発生する。なにごとも本当の終わりはあるようで、ない)

・「どくだみの根にはかなわない」(どくだみの地下茎は力強く、根元から根本的に取りさるのは不可能。やはり、地道に、すこしづつ根をはやして力をつける人にはかなわない。

・「蟻も家族のうち」(無数に庭にいる蟻も自宅を共有する生き物の仲間。時にうざいとおもったり、面倒くさいと思う仲間でも、やっぱり仲間がいる幸せを感じたい)

 

さて、私が何かで有名人なると、これって、格言になりますか?(笑)

 

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