教育のステージとICT

 先日の週末にICT活用のための「次世代クラスフォーラム」に参加した。中学・高校、専門学校でどのようにiPadが導入されて、教育に活用されているかの実践例として、大変勉強になり、いいアプリをいくつも紹介していただいた。

 思えば、「やっとここまできたな」という感慨と、ふと、自分の大学という教育環境と教育目的の中で、「さて、どのように自分の授業ではつかえるだろうか?」と今更ながらに大きな疑問を抱くようになってきた。iPadや他のタブレット、あるいはスマホを活用した学習は「設問ー解答」というパターンの学習に適している。繰り返し、設問を出し、その解答を選ばせるか、タイプさせて入力させるのだ。外国語学習なら、dragon dictationを使えば、通じる程度の発音できているかどうかを確認できる。

 ところが、である。中学・高校、資格試験のような試験対策を行う専門学校の教育であれば、それはかなり効果的だと思うし、大学でもTOEIC対策のように解答が一つという授業展開であれば、活用しやすい。しかし、私が担当しているコミュニケーションの授業だとどうであろう?プレゼンテーションをさせることが何度もあり、マルチメディアの素材を使って。。。と指導をするものの、大学生たちはマルチメディアの素材を使うと、それで「伝えられた」と思うし、聞いている方も「なんとなく」そう思ってしまう。

 だが、大学の教育は知識の量を争うものではなく、収集した知識をどのように解釈し、そこに意味を付加し、表出するかという「知識の再生産」が求められている。さらにいえば、その再生産の根本を成すのが言語表現である。当然抽象的な意味の分析力、あるいは構成力が問われる。文体も語彙も難しくなる。学問的な議論をするためには、どうしてもそのような表現構成方法を習得しなければならない。そうなると、この言語力をつけるためにICTはどのように活用できるのだろうか?

 単純にプレゼンアプリの話ではない。もちろん、プレゼンや論文構成の時にアイデアノートを使って、つくりあげることは有効だ。でも、それはポストイットでもできる。ネットにつなぐ?今はスマホでネットを学生たちは普通に見ている。いつでもタブレットを持たせて、タイプさせる?だが、熟考するだろうか?そもそも従来のパソコンを使う授業展開とどこが違うというのだろうか?

 英語文化圏では幼稚園のうちから、学問的な言語の使いを教育する。それは質疑応答、定義から初めて、情報の圧縮、展開が求められる課題へと発展する。日本の「感想文」は果たして、それを満たす言語技術を子どもたちに教育しているだろうか?何を聞いても「おもしろかった」、「よかった」と一元的な解答しか出来ない学生が多いのを見ると、母語の言語技術の力を育成することにもっと主眼をおいた教育を目指すべきなのかもしれない。