万年筆の思い出

 今時万年筆を使う人はどれほどいるのだろうか?私が高校生の時、生物の先生は「ノートはすべて万年筆で書くように」と指導し、我々も素直にそれを守った。あるいは、古典の先生は「万年筆で教科書の古文をノートに筆写しておくこと」と指導があったように思う。我々の世代だと万年筆というのは大人になった証のようで、ちょっと子恥ずかしくもあり、誇らしげでもあった。

 初めて、一生ものの万年筆を買ったのはサンフランシスコの免税店だった。16歳の初めての一人旅、そして初めての海外旅行。何か思い出にと買ったのが銀で覆われたdunhillの万年筆。高校生には分不相応だったが、一生ものさと、奮発したのだ。その後、その万年筆は入学願書、履歴書、家の購入時の契約書など、人生を左右するときの書面の作成に必ず使った。
 大学生になると成人式のお祝いでカルティエの楕円形の万年筆を買って、悦に入ったものだ。毎日カランダッシュの皮のケースに入れて、ノートをとっていたが、ある日、どこかに置き忘れたかして、紛失してしまった。当時一緒に買ったカランダッシュの皮ケースだけは今も綺麗に使っている。

 大学3年生の時に大学からお金をいただいて1ヶ月イギリスに短期留学をした。バーミンガムで一夏を過ごし、イギリス人はもちろん、大学に留学していたその他の国々からの人たちの出逢いが自分の価値観を一変させた。特にバングラディッシュ人との出逢いは「水」に抱く価値観の差に愕然とさせられたものだ。この研修の帰りにロンドンのハロッズで買ったのがやはりdunhillの万年筆だ。今度はおしゃれして、金。一緒に買ったdunhillのメモパッドと共にお気に入りの一品になったが、もったいなくて、使うことは少なかったように思う。
 大学4年生になると、モンブランのマイスターシュテックが欲しくて、ちょうどアメリカに語学研修に行く友人に購入を頼んで買ってきてもらった。友人とは言っても実は恋心を抱いていた人だったが、その後、見事に振られた。万年筆は今も書斎の箱に鎮座ましましているが、これで書き物をするわけでもなく、なかなか出番はない。やはり失恋がらみはダメなのか。。。
 2003年の4月から1年間在外研究でシドニーにいた。その帰りに思い出の品をと思って、買ったのがカルティエの万年筆だ。深味のあるブルーに一目惚れしたのだ。当時カルティエの時計も買ったけど、それはその後、いろいろな事情があって、手放したが、この万年筆は傷だらけになりながらも、割と使っている。
 学生の小テストの採点など、赤ペンを使うことが多く、そのたびにボールペンを使っていたが、どうも、年をとって、筆圧が少なくなるにつれて、ボールペンは嫌いになってきた。その反面、力を使わずにかける4Bの芯をいれたシャープペンシル(おじさんの世代は「シャーペン」なんて言わないのだ!)、そして、赤インクを入れた万年筆が使いやすいと思っている。本当は赤インクはいけないと思うのだけど、使わないよりはましかと、ロンドンで買ったdunhillの万年筆は今は採点で活躍の場を見いだしている。

 下の写真が左から購入順に買った万年筆。

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