へんてこりんな日本語

  野口恵子さんの書いた本に『バカ丁寧化する日本語〜敬語コミュニケーションの行方〜』(光文社新書)というのがあって、その中では、最近の日本語の話が記述されている。特に「させていただく」についての箇所は「そのとおり!」と得心する。実は昨日ニュースを見ていたら、放置自転車を撤去する話があつかわれていた。交通の邪魔になり、防災のさまたげにもなるということで、名古屋市内で一斉に放置自転車を撤去したとのことだ。そのニュースの中で、「撤去させていただく」と担当者が話していたことに異常な違和感を覚えた。違法な放置自転車を撤去することをへりくだってのべるのはおかしい。「撤去します」で、いいではないか。まるで、放置した人に、「わるいけれど、させてもらっていいかな」というニュアンスがある。当然するべきことだし、他の市民、あるいは視聴者に迷惑をかけることでもないのだから、「させていただく」はおかしい。

 他にも違和感を抱くのが、学生から、よく挨拶として「お疲れ様です」と言われたり、メールの冒頭に書かれたりする。同僚に「お疲れ様です」と言われるのは、普通だが、学生に言われると同じステータスの扱いを受けているようで、あまりいい気持ちはしない。普通は、「お世話になっております」という挨拶をするべきではないだろうか。どうもアルバイトで、こういう表現を身につけるようだが、社会に出てから、困るのではないだろうか。もう20年前くらいから、学生がいつでも「おはようございます」と挨拶をするようになって、午後にでもいうので、いつも嫌味ったらしく「こんにちは」と返していた。これもアルバイトで身につける表現らしい。ところが、最近はこの挨拶をおとなでもするようになっているから始末が悪い。
 さらに、気になるのはお店で「1万円からおあずかりします」という表現。それは「1万円をおあずかりする」、「あるいはお客様からおあずかりする」だろう!と心の中でさけんでしまう。むしろ外国人の店員の方が正しい日本語をつかうケースが多い。
 言語学者としては言語が変化することはわかっているので、このような現象も文法の変化の一例であるのだから、当たり前だと理解している。しかし、一個人としては自分の身につけて規範が適用されなくなることに苛立ちを覚える。この規範の変化によって、いつの時代でも大人たちは「最近の若い奴らの言葉遣いはなっとらん!」と怒るのであろう。