学術書の難しさ

 今年の春と夏から数人の研究者仲間と学術書の出版を企画してきた。しかし、当初念頭に置いていた出版機関から、企画が却下されてしまった。実は学問書のおかれている立場は厳しい。それは学問書であっても、ビジネスの原理からは逃れることができないということだ。すなわち、「売れるのか?」ということに尽きる。

 数年前に、オーストラリア人と日本人の研究者と共同執筆で論文を書き、それがある本の一章となった。それを妻に見せたところ、「凄いね。でも、誰が読むの?」とナイーブなコメントもらった。実は、これは大切なことで、学問書を出版してもそれよ読む読者が存在しないと売れないのである。英語で書けば世界が市場になるので、ある程度は売れる。ところが、日本語でしゅっぱんするとなると、なかなか読者を確保できるようなないようでなければ出版してくれない。多くの研究者たちは自分の担当する講義の教科書として採用して学生に購入させたり、あるいは、自腹で自分でお金を支払って出版する。特に私たちの専門とする選択体系機能言語学は研究者の数も少なく、市場が狭い。今回は教育への応用を目指して、幅広く教育に携わる人達を対象と考えているが、それでも理論的な背景を述べなければならず、それが一般的な読者には難しすぎると判断されるようだ。

  もちろん、かみ砕いて優しく書くことは簡単だが、それでは学問的な積み上げがなかなかできない。専門的な語彙と表現を使わなければ表せない概念も多いのである。

  学術書が難しいのは内容だけではない。実は出版が難しいのだ。