ドナルド・キーン先生の日本語学習

 昨日、『ドナルド・キーン  わたしの日本語修行』(ドナルド・キーン、河路由佳 著、白水社)を読了した。265ページの厚みのある本だが二日で一気に読んでしまった。いや、引き込まれたという表現の方が適切かもしれない。キーン先生が日本語を学ぶきっかけから、どのように学び、また、どのような姿勢で日本文学に取り組まれてきたかがよくわかった。
  キーン先生はフランス語をきっかけとして、古代ギリシャ語、ラテン語、中国語と学び、漢字をきっかけとして、日本語を学ばれた。日本語は海軍日本語学校で集中的に学ばれ、11ヶ月で知的な日本人が話し、聞き、また読み書きする日本語を学ばれた。しかし、そこには途方もないほどの努力が伺える。漢字の部首などは辞書の表示番号をいまだに覚えていらっしゃる。外国語を学ぶものとして、努力なしに、そして膨大な時間と練習なしには身につかないことを痛感しているが、キーン先生の学ばれた時代や目的を考えると今の我々の考えの甘さを感じる。
  その後、日本文学を研究され、多くの作品を英訳し、また数多くのお弟子さんを育てている。中でも源氏物語の英訳を行ったロイヤル・タイラー先生は突出している。私も源氏物語の英訳を資料として、いくつかの研究を行っている端くれとして、キーン先生のテクストとの対話の姿勢は、改めて、学ぶことばかりである。中でも、テクストのありようはその中に様々な要因が入っているのだから、それをくみ取って、それを伝えられるように英訳を試みるというお考えは、選択体系機能言語学の観点からも学ぶべきことが多い。
   久しぶりに、自分の堕落した心に渇を入れていただいた本である。