ジャポニカ学習帳

  ジャポニカ学習帳は私が子供の頃から表紙の写真が印象的なノートだった。自分でも何冊か持っていたように思う。昆虫とか植物とか、それ自身が百科事典の一つの見出しのようだったし、きっとそれを意図して作っていたんだろうと思う。
  ところが、最近はその表紙の昆虫の写真が気持ち悪いという声が上がって、表紙を変えるというニュースをネットで見て驚いた。確かに現代の、特に都会生活では昆虫は少ないし、触れる機会もないから、気持ち悪いという声もわかる。草むしりをしていても、セミの死骸やら、突如遭遇するカマキリやスズメバチにもギョッとするし、あの昆虫の複眼は怖い。
  しかし、そういった他の生命体との接触を拒んだり、怖がるだけでいいのだろうか。本学の歯学部や薬学部の学生は生物の実習の時間にはカエルの解剖をするとのことだ。他の命を犠牲にしていただきながら学ばなくてはいけない。きっと、その現場は怖いだろうし、気持ちが悪いかもしれない。しかし、人の命に関わる仕事に就くためには避けられないことだろう。
  また、救命救急士を養成する学校の先生は授業ではグロテスクな写真を数多く見せるそうだ。それは彼らが到着して対応しなければならない現場そのものの惨状だからだそうだ。それを気持ち悪がっていては仕事にならないらしい。納得である。
  親は誰もが子供に怖いものや気持ちの悪いものを見せたいとは思わないだろう。しかし、なにもかも排除していくことによって、子供に何の免疫もつけさせなければ、さらにいざというときの対応ができなくなる。たとえ勉強ができて医学部に入っても、基礎医学のレベルで実際に経験する解剖で卒倒してしまったら、お話にならない。今、人気の看護師だって、知り合いに話を聞くと、特に終末医療の現場は壮絶なようだ。
  たかだか昆虫の写真の話ではあるけれど、その背景にある「いやなものは排除」の価値観や、そのイデオロギーが敷衍されるとどういうことになるかと考えると、懸念が尽きない。受け入れがたいものとどうやって共存していくか、肝心な根っこはそこにあると思うのだが、いかがだろうか。