仁義なき戦い

  昨夜はクリスマスイブというのに、テレビが面白くないので、Huluで仁義なき戦いを見た。確か前にも見たような気がするのだが、改めてみてみるとなかなか面白い。
  聖夜を前にして、殺し、殺される映画というのも不謹慎なんだろうが、あれは、組織とか、リーダーシップ、そして出世競争のメタファーとして解釈すると得心することが多いはずだ。
  煮えくらないような金子信雄氏が演じる親分は優柔不断で、物腰が柔らかく、子分の前でも、泣きを入れる。こういうリーダーは自分が情けない面を出すので、その下にしっかりと支える有能な部下ができる。ところが、部下が有能すぎて自分の立場が危うくなると追い落としにかかる。ほら、どこかにいそうでしょう?
  子分たちも、隙あらば自分が頭に立とうと、お互いを蹴落とそうとする。サラリーマン社会なら失敗をさせたり、スキャンダルの罠にかけたりもあるのだろうが、やくざ映画はシンプルに殺しあいだ。もっとも、この殺戮は社会的な抹殺の比喩ともとれる。最後に居残るのはもっとも目立たず、女々しい言動があった田中邦衛氏が演じる子分だった。これもなんだか実社会でありそう。リーダーシップを発揮して先頭に立つとどうしても目立ったり、嫉妬される分、生き残るのが大変だろうが、つかず離れず、目立たずに、強い方につく。しぶとく残るのは、確かにこういうタイプだよなと、納得する人も多いはずだ。
   いくら親分がヘタレでもいったん親分子分の盃を交わした以上、義理に苛まれ、理不尽なしがらみに縛られる。これも実社会で経験することではないだろうか。だからこそ、自分の心情で、それを打ち破り、一匹狼を恐れない菅原文太氏演じる主人公に共感と憧れが生まれるのだと思う。
   ただのヤクザ映画と暴力的なことばかりが目立つが、暴力の裏にある人間社会の共通性を見出すと、じっくり味わいを感じることができるはずだ。是非、皆さんもそういう観点で一度ごらんになったらいかがだろうか?