シーナとショージ

  大学院生の時に出会った本で、人生を左右するものがあり、その幾つかは研究テーマだったり、研究の骨格だったりする。M. A. K. HallidayのIntroduction to Functional Grammarはその最高峰だ。
  しかしハリデーの他にもショージとシーナがある。ショージとは東海林さだおであり、シーナは椎名誠だ。東海林さだおはショージくんシリーズのエッセイがあり、特に食に関する鋭い感覚と表現は食べることをただ楽しむことだけではなく、感覚を研ぎ澄ますことを教えてくれた。中でも自叙伝的な『ショージくんの青春記』は若い頃の漠然とした不安について鋭く描写して自分が当時抱いていた不安感を落ち着かせてくれ、努力を積み重ねれば、いずれ日の目を見ることができると励ましてくれた。
  椎名誠のエッセイは、激しく感情を吐露し、特に若い頃に抱きがちなわけにわからぬ怒りや不満を代弁してくれた気がした。〜的とか、大日本〜究明連絡協議会〜支部を結成せねばならぬ!などと飲んでいるときには、仲間と奇声をあげたものだ。
   今さならながら、どうしてこんなことを書くかというと、ショージやシーナの作品がどんどん電子書籍となって、再び私のKindleを占拠し、忘れかけていた熱情を呼び覚ましつつあるからだ。
  ショージとシーナにはもう一つ共通点がある。二人ともビール大好きなのだ。彼らの本を読んだ後にビールを飲めないなんて、目の前のすき焼きを目にして、糸こんにゃくしか食べられないのに等しいのだ。