ジャンルとレジスター

  私の専門とする選択体系言語学の根本的な考えとして、社会で共有する概念や考え方、価値観は言語に反映されており、同時に言語は社会における価値観や考え方を維持したり強化したり、作り出す。社会の中で共有されている(と考えられている)価値観は「観念」といい、例えば、日本社会では「年上を敬うこと」という価値観があり、それが豊富で複雑な敬語という言語体系に組み込まれているし、女性や子供を男性よりも低く見る考えが「女子供」というような語彙や、OLを表現して男性社員たちが「女の子たち」と表現することに現れる。
   価値観は、まず言語を様々な目的に応じて、枠組みに入れる。例えば、誰かを説得したいのか、出来事を報告したいのか、物語をしたいのか、議論したいのかである。こういう枠組みをジャンルという。ジャンルは様々だが、ジャンルという枠組みを規定する原則は、構造があることだ。はじめ→中→終わりのような抽象的なものではなく、例えば、物語なら、始まりと背景→問題の発生→問題解決への取り組みと試行錯誤→問題解決→教訓となる。
  ところが、同じジャンルでも、具体的にはいつ、どこで、誰が言葉でやり取りするかによって、中身が大きく違ってくる。例えば同じ物語でも、時代劇と宇宙モノのSFでは使われる言語表現が異なる。このようにいつ、どこで、どのように言葉を使うかによって、語彙や文法構造に様々な種類が生じる。これをレジスター(言語使用域)という。レジスターもその場限りで違いはあるが、実は、いつ、誰が何の目的でというものもある程度枠組みになっている。例えば、コンビニで買い物をする時と三越で買い物をする時のジャンルは同じ「買物」だが、レジスターが異なるので、使う表現が違う。
   レジスターである程度の表現の選択肢と枠組みがわかったら、それを実際の言語表現単位である文や節にする。このレベルが語彙文法だ。この語彙文法のレベルで私たちはどのような単語を選んで、どのような文構造を取るかを決める。ここで、レジスターの枠組みに従わないで語彙の選択をするとコミュニケーションブレークダウンへと繋がる。会社の就活面接というレジスターで、ナンパのレジスターの語彙を選択して「おねえちゃん」なんて呼びかけたら大変なことになる。
  なぜ、こんなことを書いたかというと、言語教育というのこのジャンルとレジスターを認識させてそれに準拠した言語表現を身につけることが大切だからである。とかく語彙や用語の使い方が間違っていると誰でも言えるが、どのように間違っているか、また、それによって何が起こるかを説明できなければ母語教育も外国語教育もできないからだ。
   TOEICTOEFLが英語力の証だと短絡的に考える人が多すぎる。本当に使える外国語能力とはジャンルやレジスターに準拠した表現の意味が取れること、そしてその意味を作り出す能力である。だからこそ、時間がかかるし学ぶ側の労力が問われる。
   スカイプが同時通訳のサービスを始めるらしい。便利になるのは結構なことだが、外国語を学ぶ意義は道具を使いこなすことだけではなく、それを使う社会の観念をも勉強することだということも忘れないでほしい。