高等遊民

  普段はテレビはあまり見ない。見るのはニュース、スポーツ、グルメ、秘密のケンミンショーくらいだ。ドラマは滅多に見ないのだが、珍しくはまったドラマがある。「デート」というドラマで恋愛未経験の男女が結婚を目指していくというコメディーだ。主人公の女性は高等学歴のキャリア、相手の男性はニートだ。この男性の言い分が面白い。自分は「高等遊民」だというのだ。したがって、その生活を保障し、寄生できる女性が良いという。女性は父親を安堵させたくて、相手を探すが、極端な堅物で他の男性には相手にされない。しかし、ドラマなので、この2人をそれぞれ慕う男女も登場する。
  私が気に入っているのは、この「高等遊民」という言葉だ。こういう表現もあるのだなと。考えてみれば、大学の教員もそれに近いけれど、それでも最低限の社会との関わりもあれば、貢献もある。したがって、それだけのストレスもある。目指したいのは完全な高等遊民だ。毎日、本を読み、映画を見て、寝転がっているだけの生活に憧れる。いや、専業主夫でいい。家事だって、面白い。ドラマの中で、「専業主婦を目指す女性は許されるのに、なぜ、専業主夫を男性が目指してはいけないのか?」というセリフがあるが、なかなか鋭い。いくら男女平等を声高に叫んでも、我々のイデオロギーの中に、「男は外で仕事だ!」という価値観が根強いのだ。
  オーストラリアに住んでいた時には専業主夫は珍しくなかった。高等遊民とまでは言わないが、このドラマで描く男女のあり方や価値観はなかなか深いものだと思う。
  まあ、私は高等遊民じゃなくて、傾倒ユーミンくらいだな。
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