吾唯足知

 このところ、ようやくお腹の痛みも落ち着き始め、仕事の合間にネットを見てはスピーカーやらアンプやらのレヴューを見たり、ショッピングサイトに行っては値段を見ている。オーディオにそそられるのは大学生の時以来だろうか。以前に考えれば、機器の値段は一部のマニア向けなものを除けばそこそこに入手しやすいようになっている。憧れのJBLだって、射程範囲だし、ローンを組めばあのタンノイだって夢じゃない。なんてことを考えている時が一番楽しい。
 ところが、一方で、「そんなに金かけて、音楽聴くか?」と自問する自分もいる。スピーカーとアンプを揃えても音源がMacに入っているiTuneのもので、当然データ的に圧縮されたものだから、CDよりも良くない。かといって、圧縮データの音源とCDの音源との違いを聞き分けるほどの耳もない。言語学でも音声を専門にする人たちは音にうるさくて、オーディオに凝る人も珍しくないけれど、自分はそのタイプじゃない。それに、書斎に引きこもることは多けれど、本を読んでいることが多いから、音楽をかけて1日を過ごすこともない。それどころか、コンピュータにしても基本的に持ち歩けないものは買わないというこだわりがある。デスクトップのように居場所が固定されるものは好きになれないのだ。今はノート型のMacBook Proで、結局机の上に置いたままだけれど、いざとなったら、持ち出せるということが大きい。だから、iMac Retinaに惹かれてはいるけれど、購入するかと言われれば、やっぱりしないんじゃないかなって思う。
 こんな考えでいると、今度は、「じゃあ、イヤホンに金をかければいいんじゃないの?いつでも持ち歩けるし」なんて考えも浮かんでくる。調べてみると10万円を超えるイヤホンもあることに驚く。じゃあ、例えば、それを購入して、いつでも音楽聴くかっていうと、実はいつも聞いているのは、昔の城達也のナレーションとノイズがバッチリ載った昔のJet Streamの放送録音だったりする。
 結局、何かを買うという行為に対する欲望が渦巻いているだけで、本当はその対象となるモノが欲しいわけじゃないってことに気づき、「やっぱり、やめるか」ってことになってしまうわけ。今使っているものでも十分、いや、それさえ、パフォーマンスを十分に引き出しているかって自問すると、口ごもってしまう。物欲というのは、実は一つの動機付けになるし、何かを買うために頑張るとか、何かを買って、ローンを組んだ場合は、借金返済のために頑張るぞってエネルギーになるので、決して悪いことではないと思う。でも、そのエネルギーに見合う買い物でなければ、意義のある物欲にはならないのかもしれない。
Remove all ads