独り飲み

 来週の土曜日に大学のゼミの先輩と一緒に飲むことになった。先輩が学会で星ヶ丘の大学に来るということなので、行きつけの小料理屋で予約をとることとした。この先輩とは年賀状のやり取りをしているが、実際に会うのはもう10数年ぶりのような気がする。声を掛けて頂けることがすごく嬉しい。

 さて、そのお店に予約を取らなければならない。もちろん電話でもいいのだが、昨日は帰宅の帰り道に寄って、直接お店で予約をしたのだが、やはり、それだけではどうも帰りづらい。カウンターでは独り飲みのお父さんたちが数人。こりゃ、次のバスまでい一杯やろうかという気になった。

 家では晩酌を独りでやるけれど、外で独りで飲むことは滅多にない。久しぶりの独り飲みだ。カウンターに並んだお父さんたちとテレビに映る野球中継を見ながら、ああだ、こうだと話す。見知らぬもの同士が会話を交わすのは楽しく、日頃の様々な状況とはまったく違った関係性を一瞬だが生み出してくれれて、世界が変わる。

 ふと、飲みながら、思った。お父さんたちは、仕事や職場の空気をそのまま自宅にもち帰りたくないのだ。どこかで一旦区切るというか、空気の遮断がしたんだと思う。その切り替えの場が飲み屋なのではないかと。もしかすると、それがパチンコ屋の人もいれば、スポーツジムの人もいるのだろう。

 実家の手伝いをしていた時に、常連でいつも飲みに来るお父さんたちがいた。毎晩飲めることがすごいなと思ったし、時に絡まれることもあったけど、自分がそのお父さんたちの世代になってみて、いろいろと家でも職場でも言えない気持ちがどうしてもあって、それが自然に吐露できたのは飲み屋だったんだなと今更ながらに気持ちが理解できるようになったのである。

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