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古い日本映画

 この週末で松本清張の古い日本映画を数本見た。体調がすぐれないので、何もする気が起こらず、自然とhuluの映画などを見ている。「ゼロの焦点」はどうしてこのタイトルなのかが最後までわからない。ネットで調べてみると作品の内容とタイトルに必然性はないようだが、私が生まれる前後には東京から金沢は夜行で10時間くらいの旅路だったのだと思うと灌漑深い。

 もう一つ、「張り込み」は東京から佐賀までの夜行から始まるが、これも長旅だったことがよくわかる。およそ24時間近くの旅だったようだ。画面に映る昔の日本がどことなく懐かしく思う。

 古い日本映画を見ると、多くが白黒なのだが、不思議と、そのモノクロームの中に引き込まれ、色彩情報の少なさを補うほどにカット割りとか、描写の細かさに唸ってしまう。いや、もっと正確に言えば、モノクロームだからこそ、その中に自然な極彩色を観る側が想像するのだと思う。その想像力が、色だけではなく、描かれる人間の心理や背景をも伺わせる力になるのだろう。

 見えない、足りない、だからこそ想像力がそれを補う。そして、その想像力によって受け取る側の気持ちが増幅され、感動が起こるのだと思う。足りないからこそ生まれる感動があるのではないだろうか。きしくも世阿弥が言った「秘すれば花」は今のインターネット万能の世の中に一番欠けているものなのかもしれない。