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吉祥寺、いせやの思い出

 今朝テレビを見ていたら、吉祥寺と井の頭公園の風景が映っていた。大学院生の時には吉祥寺の隣の西荻窪に住んでいて、吉祥寺には自転車で行ったり、歩いて行ったりできる距離だった。学生時代はみんなそうだけれど、私もお金がなくて、自炊をしていたし、時に自分で弁当まで作って持って行っていた。だから、お酒を飲むのでも、安いところばかりに行っていた、夏の暑い時には授業中に同級の渡辺君とビール行くか!ということになり、武蔵境のホルモン屋に、まだ明るいうちから入って、ビールと子袋をつまみに気炎をあげていた。あの頃のバイブルの一つが椎名誠だったっけ。
  井の頭公園のところにある焼き鳥のいせやもよく通った。きょうは、みんなで伊勢屋で集合的なノリとなり、渡辺君や同期の三宅君、同期のようだけれど年齢の上の上田さんらとビールと焼き鳥を片手に、「~するまじ!」「~でなければならぬ!」とおたけびのような会話をしていたのを思い出す。いせやの焼き鳥を焼く煙の中で、自分たちの将来の不安を払拭するように、酒を飲み、会話をし、愚痴を言った。英語教育はかくあるべし、とか、恋愛はこうでなきゃいかん。そんなわかったような口を聞いていたことが今はひどく気恥ずかしく感じる。
   あれから、もう25年以上になるけれど、その後、渡辺君はいろいろあった末にオーストラリアに渡り博士の学位を取ったが、大学の職を離れ、今はメルボルン郊外に住みながら児童文学の作家なり、子育て論の評論活動もしている。三宅君は安田女子大学で教鞭をとり、上田さんはその数年後、甲府の短大で教えていた私を、愛知学院へと誘ってくれた。上田さんはいまは愛知学院大学の文学部教授であり、私はそこの教養部の教授となっている。三宅君とは学会で一年に二回会い、上田さんとは月一回の会議で会う。渡辺君とは10年以上前に会った以来だが、できればまたみんなで伊勢屋で待ち合わせ、「~あるべし!」と気勢をあげたい。