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あいびょうとあいねこ

 テレビを見ていたら、自分の愛する猫のことを「私の愛ネコ」と言う人がいた。思わずテレビの前で「それを言うなら、あいびょう」だろと突っ込んだら、となりに座っていた家内が「あいびょうなんていったって、誰もわからないでしょう」とつっこみかえされてしまった。確かに「あいけん」にくらべると「あいびょう」という語を耳にすることは少ない気がする。ネコカフェがあっても、犬カフェはないくらい猫は人気があるのにだ。もともと、愛という時に続く後は、音読みをする。愛車、愛犬、愛機、愛人、愛妻、みんな愛の後は音読みだ。そうすると猫の場合も音読みなので、「びょう」という読みになり、「愛猫(あいびょう)」となる。
  面白いのは子供で、愛息と書いて原則通り「あいそく」と読むのに、愛娘は「まなむすめ」と愛の文字も全て訓読みとなる。息子とが音読みで娘が訓読みというのは、何か男女の社会的立場の相違を表すものなのだろうか。もしかすると音読みは公的な場面で使用される語に多く用いられて、訓読みの語は私的な場面で使う語に多いのだろうか?漢語と大和言葉の違いにも繋がるのだろうか?こういう疑問を題材にすれば学生の卒論とかレポートは凄く創造的になる。「あいねこ」の表現は未だ辞書にはないのだが、これも数十年すると定着するだろうか?言語変化の観点からの追っても面白い題材になる気がする。