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文の密度

 他の人のブログを読むと、文が短文で、なおかつ、箇条書きのように一つの文が一つの行として扱われ、なおかつ行間の広い。見た目は見やすいが、どうもこのスタイルはできない。日頃学生のレポートを指導していると、これらは「やってはいけない」ということになっているからだ。ブログは書き言葉のようで書き言葉ではない。書き言葉と話し言葉の違いは単に「書かれた」か「話された」かではない。書き言葉としてのスタイルなのか、話し言葉としてのスタイルなのかということだ。たとえば書かれたものであってもネットの投稿やブログは話し言葉に近い。逆に国会答弁は話されてはいるが、書かれたものを読んでいるように聞こえるのは、語彙が書き言葉に特有のものを使うからだ。もちろんその他にも伝達される内容や伝達されるべき相手によっても変わる。

 私のブログは内容は話し言葉そのものだけれど、形式として、書き言葉のスタイルなので、なんとなく文が込み入っていて、密度が高いように見えるかもしれない。実は私の専門とする選択体型言語学には語彙密度という概念があって、伝達された言語表現の中にどれくらい情報性を担う名詞や形容詞があるのかという割合が問題になる。この密度は書き言葉になると多く、話し言葉になると少ない。きっとこのブログは大したことは書いていいないけれど、語彙密度は多く、それがいまどきの人たちには読みにくい原因になっているかもしれない。

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