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コーヒーシャープ

 現在仕事で、沖縄の久米島に来ている。滞在しているのは、リゾートホテルで、雰囲気としてはのどかだ。もっとも、仕事なので、心理的にはリゾート気分はまったくなくて、とにかく毎日をつつがなく過ごすことを祈っている。
  こちらに到着した日に、観光協会の会長さんやホテルの支配人、地元放送局の方と会食があって、言葉の話になったのだが、そこで「コーヒーシャープ」という言葉を教えていただいた。「何のことだかわかります?」と問われ、皆目見当もつかず、答えを伺うと、coffee shop「喫茶店」のことだという。要するに、アメリカ英語のcoffee shopの発音をそのまま聞こえるように取り込んだものが、コーヒーシャープになったわけだ。
  久米島もそうだが、沖縄の他言語の歴史がこういう語彙の中に象徴されていると感じた。世の中では沖縄方言とか、琉球方言と呼ばれているが、もともとは独立国家としての言語である琉球語だ。言語学的には、琉球語は縄文系の色を残しているようだ。それが、琉球合併により、日本の領土になり、標準日本語(明治からの共通日本語)が取り入れられたのだが、これにも悲しい歴史があり、政府の教育の標準化によって、方言の使用をさせないようにするため、方言札という、方言を使った際のペナルティを子供達にかけさせる歴史もあった。そして、第二次大戦後はアメリカの占領下となり、英語の使用が社会の中で必要となる。コーヒーシャープのように、それまでに文化としてなかったものが入るときには、新規の語彙として、そのまま音を真似ることで取り入れる。いわゆる外来語がそうだが、このコーヒーシャープも似たような経緯なのではないだろうか。
  人は誰でも言語とか、方言の話をよくするし、共通の話題として、話が弾む。ところが、方言と言語の違いはなにかということになると、意外に理解されていない。社会言語学では「言語とは武器をもった方言である」と言われている。実は方言も言語も違いはない。どんな言語でもバリエーションがあり、そのバリエーションが同じ政治統制下で使われれば、方言もと呼ばれ、異なった政治統制下で使われ場、言語と呼ばれる。スペイン語もポルトガル語もよく似ていて、東京弁と関西弁よりもはるかに近い。あくまでも社会的な環境下における違いが、あるものを言語と呼び、あるを方言と呼ぶことになるだ。