ショージとシーナとビールとショーチュウ

 久しぶりに椎名誠のエッセイを読み返した。もう25年くらい前に夢中になって読んだ「わしらは怪しい探検隊」だ。椎名誠のギンギラネットリお前らあっちいけオーラが行間からにじみでており、彼のとんがった視線がバリバリと響いてくる。いわば椎名誠絶好調の時のエッセイだ。内容は自分の友人知人と「東日本何でもケトばす会(通称、東ケト会)」を結成し、様々な場所でキャンプをしては酒宴を上げ、冒険するという内容だ。このエッセイでは伊勢湾にある神島が舞台となっている。椎名誠のエッセイにはとにかくビールが出てくる。彼のエッセイを読んでいると、どうも喉がなり、「これはビールを飲まねばならぬ!」という気持ちになり、さらに、ビールのあとには、焼酎か泡盛に行かねばならぬ!という決定が無意識に心の中の一人会議で下される。そして昨夜は夕食時に一人心の東ケト会を決め込み、ビール、泡盛とやってしまい、今朝はやや後悔モードだ(苦笑)。

 他にも読んだら絶対にビールを飲みたくなるのが東海林さだお先生のエッセイだ(東海林さだお先生は尊敬の念を込めて、先生をつける)。東海林さだお先生の鋭い分析力と比喩力、そしてたくましい創造性であらゆる事象と食べ物を関連させる。安食堂のメニューの中にさえ、哲学を見出してしまうのだ。この先生のエッセイを読むいとやはり「ビールを飲まねばならぬ。つまみは揚げ物ではくてはならぬ!」という強い意志が働く。そして、人生について深く考えなければならぬとさえ思うのだ。

 文字を読んで酒を飲みたくなるといえば、ヘミングウェイの「武器よさらば」を読んでいた時には、無性に赤ワインが飲みたくなった。まだ大学生の何もわからない時だったが、適当に赤ワインとチーズを買い、飲んだが、あの頃はまだワインの放つ奥深い意味を理解できなかった。

 開高健の「地球はグラスのふちを回る」を読んでいた時には無性にウィスキーを飲みたくなったし、今でも、開高健という名前が出るだけで「ウィスキーを飲まねばならぬ」という気持ちになる。この歳になってもまだウィスキーの醸し出す人生の機微の味はきっと理解しきれていないんだろうなと思う。

 

 それにしても、少しアルコールを控えないと体に良くないよなぁと思う日々なのであります。