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肉税

 ニュースを読んでいたら、中国が欧米と同じペースで肉を消費することになると世界の食糧事情が破綻するようなことが書いてあった。そこで、肉税のように消費に一定の歯止めをかける方法が必要であろうと。なるほど、肉というのは、豚であれ、牛であれ、育てるためには相当の飼料が必要になるし、場所も必要になる。例えば、牛であれば、多くを育てるのに密林を伐採して、牧畜用地にすることで緑が減って、環境に影響するというし、そもそも牛のゲップが二酸化炭素の排出量の相当量を占めている。考えてみると牛肉を安く、多く消費することは地球環境によくはない。豚であっても、トウモロコシや大豆を中心とした資料が必要に成るが、それだけの量をそのまま人間に割り当てれば、多くの人が食べられるはず。鳥もそうかもしれない。

 考えてみると、自分が子供の頃は、肉というのは食卓に出れば、ご馳走だった。カレーの中の肉がどれくらい、どんな大きさかは子供の重要テーマの一つだった。ステーキを食べるというのは年に数回で、ステーキは夢の食べ物だった。ポパイをテレビで見ては、ウィンピーの手にするハンバーガーとはどんなものか、想像の域を出るものではなかった。それが今はどうだろう?ファミレスでステーキは当たり前で、ランチで食べてもおかしくない。ハンバーガーがどれほどコモディティ化しただろう。それだけ肉の消費が当たり前になったということだけれど、比例して、様々な負担が巡り巡って人類にやっていきているのかもしれない。

 肉税と言う考え方も確かに消費の抑制をするということで効果的かもしれないが、目下、私の重要な問題は「にくぜい」ではなく「ぜいにく」だったりするのだ。

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