語彙密度と文字密度

 私の専門とする選択体型機能言語学では「語彙密度」という概念がある。簡単にいえば、テクスト全体のなかで、内容語の占める割合ということになる。学問的なテクストになればなるほどこの語彙密度は上がるし、理解するには読者もそれなりの訓練が必要になる。英語の場合は特に出来事を名詞で表現する名詞化という方法があって、これがなかなか難しい。例えば、Excessive alcohol comsumption is a major cause of traffic accidents.というものだ。これを簡単な英語にすれば、If you drink too much, you are likely to cause traffic accidents.となる。わざわざ名詞化する必要性はそこに形容詞をつけて、さらに表現を加えることができる、ということと、名詞化することで、それを主語にして、さらに命題を作ることができることが大きな理由だ。この名詞化も英語の歴史の中で見てみると、ニュートン以来の科学発達に伴って進化しているようだ。

 さて、文字密度というのは私がふっと思った概念で、特に理論化されているわけではないけれど(もしかしたら、マルチモーダル分析ではありうるか?)、見た目の中での文字の散らばり具合を示す。実は、私のブログはぱっと見、文字が詰まっているように見えるので、初めて見た人には重く感じるのかもしれない(だから読者が増えないんだな(苦笑))。他の芸能人のブログなどをみると、やたらと改行して、一文で一段落を形成し、さらに行間がやたらと広い。文字密度が低い。これくらいでないと読者は気が休まらないのかもしれない。考えてみると、昔の文庫本は文字密度が濃い。小さな文字で、これでもかと詰め込んである。当時の通勤電車のひどさみたいだ。ところが、最近の文庫本とか、エッセイや小説をみると、文字の大きさなは大きいし、一文で一段落だし、行間も広い。なんだか損をした気分にさえなる。これがいまどきの「ゆとり」的なテクストだと言われればそれまでだけど、おじさんとしては、やっぱり、さびしい。スカスカだとどうも損をした気になってしまうのだ。世間はおせち料理でスカスカだとネットが炎上するほど手厳しいのに、文字がスカスカなのは寛容のようだ。でも、おじさんとしては、やっぱり文字も幕の内弁当もおせち料理もきちきちなのが嬉しかったりするのである。