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一日の重み

 昨日ここに記したように、昨日はトイレ二つ、洗面所、お風呂と大掃除を終えた。やはり、掃除の達成感は楽しいし、汚れを落とすという征服感は覚えると快感にさえなる。

 さて、いよいよ大晦日、テレビではやれ新年まであと何時間と囃し立て、「今年最後の…だ」と人は思うし、明日の元旦はなんでも「今年最初」とやはりかしこまってしまう。どうも大晦日と元旦には一日の重さの比重が多いんじゃないだろうか。

 大晦日も元旦も365日の1、変わりはないのに、どうして特別なものとして考えてしまうんだろうか。確かに最後と最初だからという節目はあるにせよ、元旦だけにいいことをしたからといって1年が同じようになるわけでもないし、あと数時間なんて、時間単位を大切にするのを他の日でもやっていたら、もっといろんなことができるんじゃないだろうか。

 初日の出も1年の最初の日の出だからと手を合わせる気持ちもわかるのだが、それなら、毎日晴れの日に、通勤通学時に見る太陽に向かって、心の中で、「今日も1日、よろしくお願いします」と祈ってもいいんじゃないかって思う。

 一日、一日をいつも大晦日や元旦のように新鮮な気持ちで過ごすことができて、それを365回も重ねたら、結果的にいい1年になる。私も来年から、とは言わず、今日からそういう気持ちで過ごしていこうと思う。

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