騎士団長殺し

 村上春樹氏の『騎士団長殺し』を読み終えた。厚みのあるサイズの2巻本で、読破するのに、丸3日要した。村上ファンではないものの、若い頃に村上氏の作品を集中的に読んでいたこともあって、なんとなく彼の作品は気になって読んでしまう。それでも『1Q84』はまだ読んでいないのだけれど。

 題名がショッキングだったし、分かりづらいプロローグで始まっているので、とっつきにくさもあったのだが、読み始めると、どんどんと先が知りたくなってしまうのが、ある意味の村上作品の魅力なのかもしれない。今回の内容はある画家の不思議な体験にまつわるものだ。現実と非現実、光と闇、過去と現在といった二元論で認識され、語られる事象が実はそうではなくて、一つの世界であり、それを繋げているのが観念であり、それを具象しているのが、トンネルであり、メタファーということになるらしい。『不思議な国のアリス』が大きなベースになっているし、実際に少女という概念が大きな意味を持つ。村上作品では『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』で二重世界が端的な形で描写されているが、それが、ある意味、熟成されて、もっと大人の「曖昧さ」を受け入れる形で表現されているのがこの作品なのかもしれないという感想を持った。

 村上春樹氏の作品には性も重要なテーマとして、一貫して描かれるが、今回の作品の中の描写は今までになく写実的で、刺激的だ。きっと村上氏は性が人間のつながりの究極の表現と考えて、また自己の存在の確認と考えているのだろう。いずれにしろ、この写実的な描写も観念的な描写や表現とは対照的であり、これも一種の二元論的世界の一元化を試みていると解釈できるかもしれない。

 舞台が山間の別荘地ということもあり、頭の中では大学院時代の友人のことを思い出しながら、読んでいた。その友人のお父様が作家で伊豆に別荘をお持ちで、夏にはその友人と私たち大学院生の仲間で何度もお邪魔して、数日過ごしたことがあるからだ。だから、活字を追いながらも頭の中には活字の描写が映像化されて頭の中に入ってきた。深い緑や静寂の中であれば、不思議な出来事も不思議とは思わなくなる。そう感じてしまう。 

 この作品は汗をかきかき読んだのでは実感が伴わない。冷房がかなり効いて、ちょっと寒いかもと思う中で読まれるのがよろしいだろう。