昔の新書と今の新書

 本棚の整理をしながら、ふと学生時代に読んだ本などにもう一度目を通している。自分が学生時代にどんな言葉と対話したのかと、50代になってから読み始めて行くと、当時は何やら難しい言葉が羅列してあってわからなかった事柄も今ではすんなりと目の中に入ってくる。いや、もしかすると、若い時にはこだわって一語一語に目を通していたのに、この歳になって、面倒になって、すんなりやり過ごしているだけなのかもしれない(苦笑)。

 さて、読み始めて行くのだが、意外にそのペースは上がらない。中でも新書のペースが上がらないのだ。最近は新書は2時間もあれば一冊読み終えてしまうのに、数日かかってしまう。はてさてどうしてかと考えて、昔の新書と今の新書を比較してみたら、なるほど、ずいぶん変わっていたのだ。 

 まずは文字の大きさ。フォントサイズは今の方が少し大きい。それから行間。これも今のものと比べると昔のものは狭い。すなわち、同じ1ページの中の情報量が圧倒的に昔の新書の方が多いのだ。きっと、今あれくらい1ページの文字密度の濃い本を見ると多くの人は買わないだろう。特に若い人には敬遠されてしまうかもしれない。同じブログといっても、一行に数語程度のブログもあれば、私のように文字の密度が高くて、ビジュアルな情報が少ないブログでは読者が増えないようなものだ(笑)。

 何でもかんでも「わかりやすいように」とメディアも教育界も低い方向に流れてしまうが故に、さらに知的な情報伝達方法に抽象性が駆け落ち、結果的に思考する力が弱まっているんじゃないだろうか。たまには文字密度の濃い活字に触れて、う〜んと唸って見るのも悪くないと思うだが、いかがだろうか。